結婚と離婚

こんばんは、ミュウです。

今回の話題は結婚離婚についてです。

12月4日に離婚を公表した、村田充氏と神田沙也加氏。
原因は子どもが欲しいという村田氏と子どもは欲しくない神田氏との間で折り合いがつかなかったからだと言われていますが、神田氏がジャニーズの秋山大河氏と不倫していたという報道も出ています。
神田氏は、夏に離婚して、その後に親密になったと不倫を否定していますが、村田氏は週刊誌の直撃時に「離婚はない」と、まだ離婚していない内容の発言をしていることから、一部では不倫によるイメージダウンを避けるための嘘ではないかとも言われています。
(後に村田氏は、夏には離婚していたと発言を変えており、神田氏側に配慮したとの見方がされています。)
神田氏といえば、俳優の神田正輝氏と歌手の松田聖子氏を親に持つ超サラブレッドとして、CMなど数々の仕事を行い、最近ではディズニー映画の声優も務めるほどの活躍ぶりです。
私には、イメージダウンによる芸能活動への支障や違約金などの問題にしないための対応にしか感じられませんでした。
(神田正輝氏と松田聖子氏は離婚しているので、「同じような道を辿っている」という見方もあるようです。)

さて、嘘かどうかは離婚届の受理日を知る由もないのでわかりませんが、今回はその離婚の理由について注目したいと思います。

村田氏と神田氏の離婚の理由とされているのが、子どもが欲しいかどうかです。
でもこれ、おかしいと思いませんか?
結婚するにあたって、子どもが欲しいかどうかは、話し合ってある程度の結論を出しておくべきものですよね。
婚前は「子どもは欲しくない」と言っていたのに、結婚してから何かのきっかけで「子どもが欲しくなった」と変わったのであれば別ですが、村田氏と神田氏の問題でそのようなことがあったとは言われていません。
つまり、本当に子どもが欲しいかどうかで折り合いがつかずに離婚をしたというのであれば、結婚にあたって重要なことを先延ばしにしたことが離婚の原因の1つであるとも言えます。

教育業界にいると、保護者が片親というケースは少なからずあります。
その理由は様々でしょうし、そこを突っ込んで聞くこともしないのですが、会話ややり取りから離婚によるものだと察知できることもあります。
また、以前見ていたテレビで、結婚アドバイザー(だったような)という肩書の方が、
「合わなければ離婚すればいい」
などと、結婚を堅苦しく考えない方が良いということを語っていました。

皆さんは結婚と離婚について、どのくらい人生で重いもの、あるいは軽いものとお考えでしょうか?
上で挙げた結婚アドバイザーなる方は、結婚や離婚をかなり軽く考えていると思われますが、私はその考えには断固反対します。
(職業上、結婚してくれないと仕事にならないからという営業的理由があるのかもしれませんが……)

その最大の理由は、結婚は周りの人々を巻き込むことだからです。
結婚すれば、両家は親族となるのですから、結婚の当事者以外を巻き込むことになります。
働いていれば、個人情報の訂正や税金関係の扱いの変更など、様々なやるべきことがあるでしょうから、勤務先にも報告しなければなりません。
知人などからご祝儀を頂くこともあるでしょうし、結婚式を挙げていればその範囲や額は大きくなります。
それが、「合わなかったから離婚しました」などという軽い理由で離婚されては、周りは良く思わないでしょう。
一度親族となった両家は、その後の付き合い方に困るでしょうし、勤務先もやるべきことに対応しなければなりません。
ご祝儀を渡した人も、「せっかくお祝いの気持ちやこれから幸せになってほしいという気持ちで渡したのに……」と感じるでしょう。

そして、子どもがいれば、子どもの教育にかなりの悪影響を及ぼします。
離婚によって片親になることで、いない性別の親の代わりを片親がする、あるいは親の役割の一部を子どもに背負わせるということになります。
片親が働きに出ていれば、子どもが家事をしたり、兄弟姉妹の面倒を見たりと、子ども時代にできるはずの人間関係構築にかけられる時間が削られていくこともあるでしょう。
心身にも経済的にも余裕がなくなる家庭が多いというのも傾向としてあると思います。
逆に、離婚が子どもに良い影響を与えることはないと言っても良いのではないでしょうか。
「子どもがしっかりする」という意見もあるかもしれませんが、片親で求められることは半強制的にやらされていること、やらなければならないことであるというだけで、両親がいる状況でも家事や兄弟姉妹の世話などは行えます。
むしろ、その子の能力に合わせて余裕をもって任せることができ、「やらなければならない」と「できることをやる」では後者の方が圧倒的に良い状況であると言えるでしょう。
教育に携わる者として、安易な離婚を容認するような考えに賛同する気はまったくありません。
子どもについての意見の相違が事実なのであれば、村田氏と神田氏も、重要なことを後回しにして「とりあえず結婚」ではなく、どちらかが自分の意思を我慢してまで相手の意見に合わせるという覚悟を持って結婚すべきだったのです。

では、そもそもなぜ離婚するのか。
あるデータによると、離婚理由の第1位は、男女共に「性格の不一致」だそうです。
その他には、DV(家庭内暴力)や精神的虐待による心身の問題、生活費や浪費などの経済面の問題、異性関係などが見られます。
様々な理由が重複していることもあるでしょうし、それぞれの離婚で状況が違うでしょうから、一つ一つについて言及するのは難しいです。
(一方が「精神的虐待だ!」と主張していても、実際は婚姻関係を続けていく上で必要な要求だったとか……)
ですが、男女共に「性格の不一致」が1位になる理由が、私には何となくわかるのです。(あくまで個人的見解です)

1つの理由として、「どんな人と付き合いたいか」と聞かれたときにどう答えるかがヒントになっていると私は思うのです。
小さいうちは、「足が速い子」「頭が良い子」「背が高い子」「一緒に遊んでくれる子」などといった、非常に単純で短絡的な理由であることが多いでしょう。
これは、能力的に優れている子や、自分にとって都合が良い子などといった、わかりやすい、しかし自分の価値観のみで判断した浅い考えによる好みであると感じます。
もう少し成長していくと、「かっこいい人」「かわいい人」「自分に優しくしてくれる人」「面白い人」などといった、自分の価値観と共に、周りがどう見るかや付き合いをする上で自分にどんなメリットがあるかまでを考えるようになるのではないかと思います。
しかし、それはまだ一時的、あるいは比較的短期間の付き合いを想定した好みであると感じます。
そして大人になっていくと、「気遣いができる人」「一緒にいて安心する人」「お金持ち」などといった、更に現実的な条件かつ長期的な付き合いを想定した好みに変わっていくのではないかと思います。
この変化の中で、長期的な付き合いを想定した好みで結婚相手を選んだ夫婦は離婚しにくいのではないでしょうか?
逆に、短期的な付き合いを想定した好みで結婚相手を選んだ夫婦は、長期的な生活の中で生まれた自分の理想とのずれが段々と苦痛に感じ、それが「性格の不一致」となって離婚に至るのではないでしょうか?

次に考えられるのが、結婚への覚悟が甘いことです。
結婚するということは、心身や住空間、経済的にも、多くのことを相手と共にすることになります。
当然ながら、自分のやりたいようにできる機会は減りますし、相手に合わせなければならないことや自分が我慢しなければならないことも、付き合っているときよりもはるかに多くなります。
それが受け入れられるだけの覚悟があっての結婚、つまり、それだけの代償があってもこの人と結婚したいんだ!という意思があっての結婚であれば、「性格の不一致」という安易な理由が離婚理由の1位にはならないはずなのです。
いくら好意がある相手でも、あくまで別の人間なのであり、何から何まで一致するようなことはないのですから。
上で挙げた結婚アドバイザーの「合わなければ離婚すれば良い」という言葉のような、大した覚悟もないような結婚では、離婚する可能性は高くなるでしょう。

そして最後に、最大の理由ではないかと思うのが、結婚が目的となっていることです。
つまり、「この人が好きだから結婚したい!」という目的のために、相手に好かれようと自分を偽りすぎることに原因があると思います。
お互いに本当の姿を見せて、それを見て結婚した夫婦ならば、結婚後に「こんなはずじゃなかった」となることは少ないはずです。
しかし、相手に気に入られるために自分を偽ったとしても、それは本当の自分ではありません。
その「本当の自分ではない」自分を気に入ってもらっても、結婚後に生活を共にすれば、自分を偽り続けることに限界が来ます。
「付き合っているときはこうだったのに、結婚したら豹変した。」
などと言う夫や妻がいますが、それはまさにこのケースでしょう。
それがあるときになって限界を迎え、「こんなはずじゃなかった」「こんな人と結婚したかったわけじゃない」などと感じて離婚を決意することになるのでしょう。
また、偽り続けることに疲れてしまって、「自分の本当の性格とは合わないから」となって離婚することもあるかもしれません。
「自分と相性の合う結婚相手を探す」ではなく「この人と結婚するためにどうすれば良いか」と考える人は離婚しやすいのではないでしょうか。

さて、ここまで私は離婚について否定的なことばかり書いてきましたが、私はすべての離婚が悪いとは思っていいません。
浮気や不倫が原因の離婚はパートナーの裏切りですし、DVなどの心身への問題行為は心身を守る必要がありますから、裏切られた方やDVなどを受けている側からすれば、多くの場合ではそのような相手と婚姻関係を続ける意味はないでしょうし。
(そのような相手を選んだという責任はありますが)
しかし、離婚は極力すべきでないものであり、結婚は、一生を添い遂げる覚悟ができる相手、自我を犠牲にしてでも一緒に生活する覚悟ができる相手とするものであるということが大前提です。
それができないのであれば、お付き合い、または事実婚に留め、結婚まで進むべきではないと私は思います。
そして、離婚によって周りに迷惑がかかること、特に子どもに悪影響を及ぼすということを理解してほしいと思います。



それでは今回はこれで失礼します。

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