物扱いされる教師・講師

こんばんは、ミュウです。

夏期講習も中盤にさしかかり、疲れもかなり溜まっています。
本当は昨日記事を投稿する予定だったのですが、寝てしまって投稿できませんでした。
今週はお盆休みという名の自宅サービス残業が予定されていますので、休む暇もありません。

それにも関連していますが、教育に関わる従業員は、日頃から人としての扱いを受けていないと思うことがよくあります。

自宅でのサービス残業によって私生活が犠牲になるのは当たり前です。
学校や塾で用意してもらえない、あるいは早急に必要なのに申請に時間がかかって間に合わないなどの理由で、教材などを自腹で用意することもあります。(それを狙って、あえて申請や承認を複雑にしている企業もあります。)
生徒や保護者に尽くすことを求められ、理不尽な要求にも応えなければならないことが常日頃からあります。

それらはこのブログでも以前から訴えていたことですが、今回もう1つ、(恐らく今まで書いていない)新たな問題を提起したいと思います。
それは、教師・講師が人ではなく物のように扱われているということです。

教育という目的の中では、子どもたちに正しい価値観を身に付けさせる必要があります。
当然ながら、間違ったことには間違っているということをわからせるために、注意したり叱ったりしてこちらからアクションを起こさなければなりません。
それが些細なことであっても、このままではいけないという場合であれば何かしらの対処をしなければなりません。

例えば、ある生徒が教師・講師に対して暴言を吐いたとしましょう。
当然ですが、教師・講師は叱ります。
しかし、叱った教師・講師に対して
「子どものやることなんだから多少は多めに見てあげるべき、寛容になるべきだ」
「大人気(おとなげ)ない」

などという批判をする人が出てくることがあるのです。

我々教師・講師は、未熟な子どもや、子どもを可愛がる保護者などを相手にしていることもあって、非人道的な扱いをされることも、人権ですら守られないこともあります。
それを「我慢しろ」などというのは、教師・講師を人だと思っていないということではないでしょうか?
教師・講師も人間ですから、感情や価値観を持っており、教育的な範囲ではないことであっても、1人の人間として許せないことはあります。
そして、それを感情として表に出すのは、人間として許されていることなのです。

そして残念なことに、教師・講師の中でも「大人なんだから我慢しろ」などという主張をする人が少なくありません。
上で挙げた暴言の例であれば、
「自分も子どもの頃は大人に暴言吐いていたし、気持ちはわかるから……」
などと言い、子どもへの注意・指導をしない教師・講師が現実にいます。
そして、注意・指導した教師・講師を「やりすぎだ」と批判します。
これではまともな教育を提供できるはずがありません。

様々な労働問題以外にも、教師・講師が人として扱われていないということがおわかりいただけたでしょうか?
我々は感情を持っていますし、電気さえ流しておけば故障するまでずっと動き続ける機械でもありません。
そのことを今一度思い出してほしいです。



それでは今回はこれで失礼します。

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