時代錯誤

こんばんは、ミュウです。

寝る間を惜しんで投稿した闇営業と吉本の問題ですが、吉本興業側は契約書での契約締結など、少しずつ動き出している印象を受けます。
ただ、始めは「口頭での契約を継続」と言っていたものが、世間からの批判や問題があるという指摘を受けた上での動きです。
契約書なしの契約では、ギャラの配分を好き勝手に、会社有利にすることができ、その他にも契約で取り決めるべき内容は数多くあるので、そもそもこの類の契約を口頭で行うことなど、通常は不可能なのです。
それこそ、「会社が好き勝ってやっていいですよ」というのであれば話は別ですが、そんな都合の良い条件でOKする人はまずいないでしょうし。
吉本興業は、口では「芸人ファースト」などと言っていますが、周囲の批判に屈する形で動いているように見えるので、私には本当にそのように考えているようには見えません。

また、宮迫氏や田村亮氏は引退せず、庇ってくれている先輩芸人に付いていくという意思があるという報道もありますが、ここまで大嘘をつき、他にも疑惑があるのに十分な説明をしていない今の段階で、もしそのような今後の話をしているのであれば、無責任にもほどがあります。
それこそ、吉本興業の問題で自分たちの問題を有耶無耶にしてしまおうという狙いがあるのではないでしょうか。
私は以前の記事でも書いたように、少なくとも宮迫氏と田村亮氏は引退すべきだと思います。
(ちなみに、前回の記事で200記事目の投稿だったようです。つい先程気付きました。)

さて、今回の問題は時代錯誤な考え方についてです。

高校野球で、プロも注目する大船渡高校の佐々木朗希選手が、岩手県大会の決勝で登板しなかったことに賛否の声が挙がっています。
「無理して投げさせて故障したら、日本プロ野球界の損失だ。」などという賛同の声もあれば、「甲子園に行くために練習しているのだから、悔いの残らないように投げさせるべきだった。」などという批判の声もありますが、その中で、時代錯誤の批判も多くあります。
(ちなみに私は、この采配を全面的に支持します。)

まず、大船渡高校に苦情が殺到しているという点。
佐々木選手に投げさせなかったことに対する苦情だそうです。
この話を聞いて、私は呆れました。
監督の意図を聞いていないのでしょうか?
佐々木選手は準決勝も投げていましたが、その前から肘に違和感があったそうです。
それでも監督は投げさせたのです。
そこから更に決勝で投げさせたらどうなるか。
下手をすれば、怪我だけでは済みません。
手術が必要なほどの大怪我、場合によっては日常生活に支障が出るような後遺症が残る可能性だってあります。
目標としている甲子園まであと一歩というところですから、チームメイトは佐々木選手に投げてほしいと言うに決まっていますし、佐々木選手も無理をしてでも投げたいと言うでしょう。
しかし、佐々木選手が投げて勝ったとしても、怪我をして佐々木選手が甲子園に出場できなくなるかもしれません。
もしかしたら、その怪我によって人生を棒に振るかもしれません。
目の前のことしか見えなくなりがちな子どもたちにブレーキをかけることも、大人、子どもたちを預かっている監督の責任なのです。
それらのようなことを考えて下した判断を批判するのは、それらの責任を負っていない、佐々木選手を観たいという自分の欲しか考えていない自己中な人間です。
「痛みや故障に耐えて頑張った!」ということが手放しに賞賛され、美談になる時代ではないのです。

そしてもう1つ。
野球界の大御所とされている張本氏が、佐々木投手を決勝戦で投げさせなかったことをテレビ番組で公然と批判したそうなのです。
しかも、
「楽をさせちゃダメ」
「怪我が怖けりゃスポーツを辞めた方がいい」
「投げて鍛えるものだ」

などという自身の理論によって大船渡高校の監督を全否定し、去年甲子園で準優勝した金足農業の吉田輝星選手(現日本ハム)と比較し、どれだけ過保護かということを得意気に語ったのだとか。
以前の記事「張本氏の引退勧告」でも書いた、あの問題発言ばかりの張本氏です。

張本氏のこの発言は、「時代錯誤」という一言で片付けられると思います。
昔はそのような考え方が正しいとされてきたでしょう。
しかし今は違います。
医学も発達し、スポーツ理論も進化しています。
高校生はまだ体が発達段階で、過多に投げすぎると骨などに異常をきたすということもわかっていて、投げること以外のトレーニング法も確立されているはずです。
高校生でもプロ顔負けの投球をする選手もいますし、成長段階の体にプロと同じような負担をかければ、プロ以上に故障する可能性は高くなるでしょう。
また、球場使用の都合で日程が過密になり、選手たちの負担も増しているといいます。
そのようなことを考えないのが張本氏なのですが、いつまでも自分が活躍したときの栄光を引きずり、その時代が正しくて現代は間違っている、日本が正しくてアメリカが間違っている、というように語るその姿は、非常に見苦しいです。

そしてもう1つ言いたいのは、高校生の大会はショーではないということです。
選手たちは勝つために練習し、技術を磨いているのです。
もちろん応援がある方が気合いも入るでしょうし、自分たちのプレーを見てもらうこと自体も刺激になるでしょう。
しかし、あくまで高校の部活は教育の一環であり、それによって観客から支払われた金銭を得ているわけではないのですから、観客などのために活動を妨害することは許されてはいけないと私は思います。
ですから、観客、ましてや部外者が、佐々木選手を出場させなかった監督の采配に対して抗議することがあってはならないのです。

そして最後に。
大船渡の國保監督は試合後、控え室で選手たちに「死ぬなよ」と言ったとのこと。
この話を聞いて、私にはこの言葉である不安がよぎりました。
私には、
「(これから先に誹謗中傷を受けるかもしれないけど)死ぬなよ」
などという意味ではなく、
(例え俺が死んでも、お前らは)死ぬなよ」
という意味にも聞こえたからです。
つまり、これから先に起こるであろう批判に、監督が自殺するという結末で問題収束を図る、あるいは無責任な批判をする人々に対する抗議・最後の抵抗をするというシナリオを思い描いていたのではないか、と感じてしまったのです。

この不安が現実とならないことを願います。



それでは今回はこれで失礼します。

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