「やる気がないなら帰れ」

こんばんは、ミュウです。

いよいよ学生は夏休み。
ということは、学習塾は夏期講習のシーズンです。
これから朝から深夜まで働かされる地獄のような期間に入りますので、ブログの記事投稿も不定期になる可能性があります。
できるだけ、最低でも週1回は投稿していきたいのですが……

さて、今回も前回に引き続き理不尽な言葉を考えてみます。

こちらも教師・講師や上司からよく聞かれる
「やる気がないなら帰れ」
という言葉。

やる気が見られないから、だったらいない方が良い、いても意味がないから帰れという意味で使われる言葉だと思いますが、本当にやる気がない、指示に従わないなどというどうしようもない場面で使うのは何ら問題ないと思います。
しかし、これで本当に帰ると逆に怒られるのですよね。
「自分はやる気がありません」と言っているようなものなので、怒られるのも無理はないと思う方もいるかもしれませんが、「帰る」という選択肢を与えている以上、帰ることを選択しても何も問題ないはずなのです。

この言葉を発した側が求めているのは、
「いや、やる気があるのでやらせてください!」
という態度の改善なのでしょうが、自分にやる気があるのに、相手がやる気がないと判断すれば、根拠がなくてもこのような言葉を言われたりもしますし、「帰れ」と言われているのに言葉どおりに帰ってはいけないという、本当に理不尽な言葉です。

私には、この言葉を発しておきながら相手が帰ろうとすると更に怒る人は、この言葉を使って権力を誇示し、自己陶酔しているのではないかと感じます。

自分が帰宅指示できるような力を持っている。
相手に「やらせてください」と謝罪させて、相手より自分が優位な立場であることを明確にしたい。
自分の思いどおりにならずに相手が帰りそうになると、自分が帰れと言ったのに怒る。


このような意図を感じるのですが、すべてこの言葉を発した人の自己満足でしかないのです。
「やる気がないなら帰れ」と指示した以上、本当に帰ったらその責任は指示した側が取るべきです。
逆に、責任が取れないのであれば、このような言葉を発してはいけないのです。

さて、そんなことを言っている私も、これと似た言葉を言うことはあります。
ただし、私の場合は言葉も意図も少し違います。
私の場合、「やる気がないなら」などとは言わず、「迷惑だから帰って」などと言います。
その意図は言葉どおりで、この場にいられると迷惑だから帰ってくれということです。
例えば、授業中に私語が多く、注意をしても改善されない場合、
「授業の迷惑だから帰って」
などとハッキリ言います。

その言葉に「やらせてください」などという返答は期待していません。
私の場合、本当に帰らせるためにこの言葉を発します。
大抵の場合、教室の空気が一変し、その生徒自身もまずいことをしたと認識して「授業を受けさせてください」などと言うのですが、私は許しません。
私がそこまでのことを言うのは、状況が相当深刻であり、今日の授業では改善が望めない、何かインパクトのあることがないと変わらない、などと判断した場合にのみ使う最終手段であるからです。
だからこそ私は、言葉どおりに本当に帰らせるためにこの言葉を発し、万が一それで何か問題が起きても自分で責任を取る覚悟ができています。
例え自分が悪者になってでも、真面目に授業を受けている生徒を守るためなら迷惑な生徒を排除するのもやむを得ないという、私なりの教育者としての信念があるからです。

「やる気がないなら帰れ」という言葉を使う方には、それくらいの覚悟と責任を持って、しかるべき場面で正しく使ってほしいと思います。



それでは今回はこれで失礼します。

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