言いなり

こんばんは、ミュウです。

書きたい話題はあるのに時間がありません。
そして旬を逃して記事化を断念の繰り返しです。
平日にも書く余裕があれば良いのですが……期末テストが終われば夏期講習に向けた仕事が山のように。
嫌になってきます。

さて、今回の話題は子どもの言動についてです。

少年野球のことが記事になったあるインターネットニュースを見つけました。その記事がこちらです。
ベースボール専門メディア Full-Count 「さすがに無理が…打者の頭上の高さの球をストライクにしようとする捕手が話題」

この少年のプレーに対する閲覧者の反応は、比較的好意的なものが多かったようです。
もちろん、プレーに対する賞賛というよりは、少年が一生懸命ストライクに見せようとしていることに対するものなのだと思います。
しかし、私はこの動画を見てモヤモヤしました。

プロ野球でも、キャッチャーが捕球後にミットを動かしてストライクに見せようとすることはあります。
(記事によると、それを「フレーミング」というようです。)
それ際どいボールだからこそ生きる技術であり、どう見てもストライクにならないボールにそんなことはしないはずです。
しかしこの動画ではキャッチャーがジャンプしなければならないようなボールであり、誰がどう見てもストライクになるはずがありません。
それなのにこのキャッチャーはその「フレーミング」というのをやっているのです。

私がこの動画から危惧する可能性は2つです。

1つは、この「フレーミング」という技術を何のためにやるのか、このキャッチャーが理解しないままやっている可能性です。
指導者から技術を教わったか、あるいは野球の試合を実際に見て身に付けたかはわかりませんが、なぜそのようなことをしているのかがわからなければ、どんなボールに対してもこの「フレーミング」をやるものだという勘違いをする可能性はあるでしょう。
ただし、普通は教わらなくても「何でこんなことするんだろう?」と疑問に思ったり、「どうしてこんなことするんですか?」などと聞いたりするものです。
しかし、過去の記事でも書いてきたことですが、「できれば意味なんてどうでも良い」などと考え、意味を理解しようとしないまま技術だけ身に付けることに何の抵抗もない、むしろ疑問に思ったり考えたりするのが無駄であると考える子どもたちが多くなっています。
このキャッチャーも、「フレーミング」という技術が何のためにあるのかということがわかっていないままやっているのかもしれません。

これと同じなのが、きちんと意味や根拠も理解せず、解法やテクニックを詰め込んで偏差値を上げていく勉強法であり、改めてきちんと理解することの重要性を感じました。

そしてもう1つが、大人の言いなりになっている可能性です。
「フレーミング」という技術を何のためにやるのかをきちんと理解していても、大人が指示してやらせているという可能性があります。
こんな大きく外れたボールにまでやるように指示する大人はいないでしょうが、「こういうことをするものなんだからやれ!」と日頃から言われていて従うしかないという状況が作り出されているのであれば、このような必要のない場面でもやってしまう可能性はあります。

この考えが思い浮かんだのは、プロ野球で活躍する、横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智選手に関してのある記事を見ていたからでした。

筒香選手はその記事の中で、野球少年たちが大人に怒られないようにしている、大人の顔色をうかがいながら野球をしている、と指摘し、危惧をしていました。
これは野球に限ったことではないでしょう。
私も子どもの頃はスポーツをやってきましたが、良いプレーや勝つことを求められ、叱られたりもしてきました。
当時は知識がなくわからなかったのですが、私はイップスだったのではないかと思います。
イップスとは、精神的な部分が原因で、筋肉が思うように動かないなどの症状が出て思うようなパフォーマンスができなくなるものだそうです。
私も、練習や1人で気楽にやっているときには難なくできていることでも、試合や大人からの圧力、叱責などがあると、手が思うように動かなくなったり、尋常ではない汗をかいたり、震えが止まらなくなったりしていたのです。
好きで始めたスポーツも、次第に嫌なもの、楽しくないものという認識になっていき、義務感で続けているような状態になりました。
試合のメンバーに入っていなければ気が楽になり、試合が中止になれば嬉しいと思い、もはや単に体力をつけるためにやっているような感覚になってしまいました。
まさに筒香選手が指摘している状況そのままだったのです。

そして、これはスポーツに限らず、勉強でもそうでした。
始めは問題を解くことの楽しさやわかったときの嬉しさがあった勉強ですが、次第に親や教員、塾の講師などに成績を求められていきました。
点数を取るために知識やテクニックを詰め込んでいくことを求められ、なぜそうなるのか、どういう根拠があるのかなどという部分がどんどん疎かになり、今勉強していることが何なのかもわからないような状態になってしまいました。
頭は混乱し、それでも授業やテストは止まってくれません。
とにかく目の前にあるものを必死になって片付けていき、今考えると何の意味もないような勉強をしていました。
そして教える側の立場になるために、今まで勉強してきたことを深く理解しようと改めて勉強してみると、今までやってきた勉強の無駄の多さに愕然としたのです。

子どもたちに同じ道を辿ってほしくない。
だからこそ、私は今でも教育に携わり、教育業界のやり方を批判しています。
そして、私が批判してきたことと同じような思いを持つ人がいること、影響力のある人がこのような指摘をしていることが、私はとても嬉しいです。

子どもたちは何のために行動しているのか?
子どもたちは何を思って行動しているのか?
今やっていることが子どもたちの将来にどのような良い影響・悪影響を与えるのか?


皆さんにもよく考えてほしいです。



それでは今回はこれで失礼します。

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