やらない善よりやる偽善?

こんばんは、ミュウです。

今回は、前回の記事で予告した「やらない善よりやる偽善」という言葉について書こうと思います。

改めて書いておきますが、「やらない善よりやる偽善」というのは、
「口だけで良いことを言い、悪いことを批判して善人ぶっているよりも、例え偽善であっても実際に行動する方がマシだ」
というような意味です。

私は、この言葉は時と場合によって、傍観するだけでなく行動するように促す言葉として良い意味を持つこともあると思いますが、悪事から目線を逸らして評判を上げたりするのに悪用されることもあり、一概に良い言葉だとは思いません。

例えば、自然災害によって行動する人々に、ネット上でただ
「被災者が1番必要なのはそんなことじゃない」
「評判を上げるためにやっている」
「親切の押し売り」
などという批判を書き込む人々がいたとき、そんな行動もせずにただ批判し、あたかも被災者のことを思っているかのようにしている人々より、例え1番に必要とされていることでなくても、評判を上げる狙いもあっても、親切の押し売りでも、被災者のことを思って実際に行動しているのであれば、その行動は被災者にとってはありがたいと思います。
もっと良い方法があったとしても、実際に行動したことは評価されるべきだと思います。

ただ、私が見ていて、実際に行動しても批判されるべきだと思うこともあります。
いくら行動しても、まったく被災者のためにという意識もなく、ただ単に評判を上げたい、良く見られたい、などという動機で行動しているのであれば、それは被災者を利用した営業活動をしているのと同じです。
被災者を利用する行為は批判されて当然でしょう。

また、ブラックだと名高い教育業界で働く私が特に強く主張したいのが、その行動の資金や人員の出所です。

例えば、ある人が被災地に寄付金を贈ったとします。
お金であれば、必要なところに必要なだけかけることができ、非常にありがたい支援でしょう。
では、その寄付金が空き巣によって盗難されたお金であったら。
その寄付行為が賞賛されることはないでしょう。
批判されるでしょうし、寄付された側も良い気分はしないはずです。
つまり、行動するにしても、その行動が正当な手法で行われたものかというのは非常に大事なことだと私は思うのです。

「被災地に○○円の義援金を送りました。」などと、企業が金銭や物資を寄付したとしても、
その企業が従業員に違法な労働をさせていたら?
詐欺のような手法で売り上げを伸ばす企業だったら?

そんな悪事をはたらく企業が、誰かが理不尽に犠牲になったことで生まれた利益を寄付する。
受け取った側は良い気分になるでしょうか?
そんな企業を評価すべきでしょうか?
私はその企業の寄付行為を批判します。

実際、学習塾業界でも、寄付や支援を公表して良い塾であることをアピールし、顧客を集めようとしているんだなと感じるところはいくつもあります。
また、このような自然災害でなくても、子どもたちのためにこんなことをやっていますよ!という慈善活動や事業内容を見せびらかす学習塾もあります。
しかし、違法な労働環境を従業員に強いたり、安い授業料を見せて入塾させ、講習費やテキスト代、オプションなど、あらゆるところで高額な費用を保護者に支払わせたりということが当たり前のように行われているブラックな学習塾業界。
従業員や保護者などが理不尽に犠牲になって得た利益によって行われている寄付や支援、活動経費などが数多くあるのが現実なのです。
そして、私も理不尽に犠牲になっている1人として、このような良い企業であるという表向きの顔には非常に嫌悪感を持ちます。
誰かを助けるという行為自体を否定するつもりはありませんが、その前にやるべきことをやらないのであれば、通常は評価される行動であっても私は批判的な目で見ます。

皆さんにも、言動や表面だけの顔だけでなく、その裏に隠された部分まで考えて物事を判断してほしいと思います。



それでは今回はこれで失礼します。

ブログを読んで何か感想があれば、ぜひコメントにお書きください。
また、このブログが面白いなと思ったら、ぜひ他の方にもご紹介ください。
宜しくお願いします!

 

この記事へのコメント

スポンサードリンク