指示待ちの若者、教えない上司

こんにちは、ミュウです。

さて、今回の話題は自発的な行動についてです。

少し前ですが、「指示待ち人間」という言葉がよく使われていたことがありました。
指示してもらわないと何もしない、何もできない人間ということですが、これは私が以前からこのブログで書いているとおり、何でもお世話してあげることが良しとされる教育業界の過保護さが原因の1つだと思います。

では、この問題を少し違う視点から見てみましょう。

自分で考えて行動できない人は増えています。
ただ、自分で考えて行動するにも、まずは考えるために必要な最低限の知識や技能を持っていなければ考えることはできません。
その必要最低限の知識や技能を持っているのに考えて行動していないのであれば、それはその人に問題があるでしょう。
しかし、その必要最低限の知識や技能を持っていないのであれば、自分で考えて行動できないのはそれらを身に付けさせていない周りの人の責任ではないでしょうか?

文字も書けて、原稿用紙の使い方も教えてもらった。
作文の書き方も文章の構成の仕方も学習した。
その上でテーマを決め、そのテーマに沿って作文を書いてみましょう、となったときに作文が書けないのであれば、それは想像力の未熟さや消極的な姿勢など、作文を書こうとしている子に何かしらの問題が起こっていると考えられます。
しかし、文字が書けない幼い子に「作文を書きましょう」と言っても書けるはずがありません。
そのような子に作文を書かせようとしている方に問題があります。
それと同じです。

「若い人は言わないとやらない」「言ったことしかやらない」と愚痴をこぼす上司を私は何人も見てきました。
私もそう感じたことは何度もあります。
指示があるまで何もせず、勤務中であるにもかかわらず携帯をいじり続けているアルバイト講師を私は何人も見てきましたし、仕事をするように言うと、
「教えてくれないからできないんじゃないですか!」
と逆ギレするアルバイト講師もいたくらいです。
(その逆ギレしたアルバイト講師は、教えたことなのに「教わっていない」と嘘をついてやらなかったり、指示を無視して好き勝手なことをやり、業務に支障が出たりするような問題のある講師だったので、この発言でその講師に味方する人は誰もいなかったのですが。)

しかし、必要なことも教えずに仕事を与え、何をして良いのかもわからず困っている新人アルバイトに対して「仕事ができない」と評価しているケースも幾度となく見てきました。
まだ仕事の仕方も教えてもらっていない、授業の基本ですらわかっていない講師に、事務作業を課したり、授業をしろと言ったり、やり方を間違えていると叱責したりする理不尽なケースも見てきました。
自分勝手な行動をすると迷惑がかかると考え、下手なことをしてはいけないと自重して指示を待っているケースだってあるでしょう。
このように、必要なことも教えないまま「自分で考えろ」「見て学べ」などと言う上司は、自分がすべきことをしていない怠慢の責任を部下に押し付ける無責任な人間でしかないのです。

そのようなことが起こる原因として、職人の世界の「見て学べ」「技を盗め」という精神の拡大解釈があるのではないかと私は思います。
経験や感覚で仕事を行っている職人も多い世界で、言葉や理屈で教えるよりもそちらの方が効果的に伝えられて成長できるということなのだと思いますが、それを持ち出して若者に自分で考えろと責任を丸投げする年配者が多くいます。
しかし、いくら職人でも、必要最低限の知識や技は教えるはずです。
カンナや“のみ”などの道具の使い方も知らないまま、今何をやっているかもわからないまま大工の作業現場を見せられても、大工見習いの新人は見て学ぶことも技を盗むこともできないのです。
それなのに、「見て学べ」などということを勝手に拡大解釈し、教えるべきことにも「見て学べ」などと言う年配者が増えていると思います。


「指示待ち人間」は、指示を待っている方に問題がある場合と、指示を待たなければならない状態にさせている方に問題がある場合があると私は思います。
皆さんも、自分で考えて行動できない人が周りにいたとき、ただその人を非難するのではなく、その原因がどこにあるのかを考えてほしいと思います。



それでは今回はこれで失礼します。

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