失敗体験の大切さ

こんばんは、ミュウです。

いよいよ埼玉県の公立高校入試まであと1週間を切りました。
塾は最後の追い込みで超が付くほど多忙です。
そして眠いです……

さて、今回の話題は失敗体験についてです。
私はこのブログで何回も失敗体験の重要性を書いてきました。
そして、その失敗体験が具体的に成功体験に結び付いた例がテレビで出てきたので、今回はそれを紹介したいと思います。

今現在最も話題になっているであろう平昌オリンピック。
その中で、女子パシュート(金)・女子1500m(銀)・女子1000m(銅)の3つのメダルを獲得し、女子3000mでも5位入賞と、大車輪の活躍をしている、女子スピードスケートの高木美帆選手と、女子パシュートで金メダルを獲得した、女子スピードスケートの高木菜那選手の姉妹の話です。
(追記)
姉の高木菜那選手は、今回のオリンピックから新種目として採用されたマススタートでも金メダルを獲得しました。


妹の高木美帆選手は15歳のときにバンクーバー五輪に最年少で出場し、そのときから将来を期待されていた選手でしたが、次のソチ五輪では落選してしまいます。
一方、姉の高木菜那選手は、妹が出場したバンクーバー五輪には出場できなかったものの、次のソチ五輪には出場しています。

このエピソードの中で、姉の高木菜那選手は、先に妹がオリンピックに出場して有名になったこと、そして、周りの人々に「高木美帆の姉」という認識しかされなかったことが、ソチ五輪に向けた猛特訓に繋がったという話がありました。
一方、妹の高木美帆選手は、バンクーバー五輪に出場して周りの期待を受けたことで、「普通にやっていればオリンピックに出場できる」という認識を持ってしまい、「必死に努力することに恥ずかしさを感じた」「必死さがなかった」という話、そして、ソチ五輪の落選で目が覚めたという話がありました。

この2人のエピソードで共通しているのは、
何かを達成する前に、1度悔しい思いや挫折を経験した。
悔しい思いや挫折の経験から、自分の間違いに気付いたり、それらを努力の原動力にしたりと、その後に生かした。

ということです。
つまり、自分が望まない経験をしたからこそ、自分の望む結果を出すために努力をしたのです。

では、学習塾ではどうですか?
先生や保護者に「勉強しなさい!」と言われ続け、叱られるのが嫌だから渋々勉強している。
こんな生徒はかなり多いはずです。
もし、こんな状態を受験まで続け、志望校に合格できたら、それは塾にとっては良いことでしょう。
合格実績が稼げたのですから。
保護者にとっても良いことでしょう。
授業料などの高い費用をかけただけの結果が出たのですから。
しかし、生徒の成長という点で見るとどうですか?
「叱られるのが嫌だから勉強する」という動機で勉強しても、
「何のために勉強しているのか」
「誰のために勉強しているのか」

などという、教育的に考えれば、結果よりもはるかに大事なことが理解できないまま、気付かないまま進学してしまうわけです。
果たして、これで良いのでしょうか?
私は良いとは思いません。

小中学校のうちは、先生や保護者は子どもたちに気をかけ、よく声をかけたり注意したりしてくれます。
それらをきちんと受け入れてくれれば良いのですが、そんな子はそこまで多くはないでしょう。
反発したり、聞き入れる振りをしてどこかでずるをしたりしているものです。
高校受験でそのような状態ならば、高校でも「叱られたくないから勉強する」という動機で勉強することになりますが、高校は中学校までや学習塾のように、何でも学校や先生が管理してくれるわけではありません。
ある程度の自由が与えられ、勉強しない生徒は置いていかれます。
成績が基準に満たなければ留年もありますし、退学もあります。
そこで初めて「今までの自分の勉強ではダメなんだ」と気付く生徒も多いです。
しかし最近では高校も過保護になってきていて、無事に卒業し、進学や就職ができるように、手厚く面倒を見るところが多くなっています。
大学も、自由度が高くて自己責任が大きくなりますが、出席の代返(誰かが代わりに返事をしたり出席票を出したりして、出席していないのに出席していると偽ること)やレポートの写し合い、先輩による単位取得の裏技伝授など、要領良く学生生活を過ごせば、大して困ることなく卒業できてしまいます。
就職活動も、人手不足の今の時代、大して苦労することなく就職できてしまう人もいるでしょう。

そうなると、自分の行いが間違っているんだ、改善すべきなんだと気付くことができるのは、人によっては社会に出てからという可能性は十分にあり得るのです。
しかも、会社でも過保護なところは増えていますから、社会に出ても気付けないという不幸な人もいるでしょう。
そうならないために、できるだけ早い段階で「あなたの考えや行動は間違っていますよ」ということを気付かせてあげることが、教育として非常に大事になってきます。
そして、声をかけても注意をしても受け入れない子どもたちに、間違っているということを気付かせる最も有効な方法は、失敗させることです。
自分が望まない結果が出れば、嫌でも「その方法は間違っていたのだ」という認識を持つからです。
そのわかりやすい例は、迷子でしょう。
小さい子どもとデパートなどに買い物に行き、「勝手に行動しちゃダメだよ」と言っても、言うことを聞かずに迷子になる子はいますが、一緒にいたはずの大人が見つからずに寂しくて泣いてしまうような子は、その後、そのような場所で勝手に行動することはほとんどなくなります。
つまり、「言うことを聞かなかったから迷子になった」という失敗体験をしたからこそ、自分の行動が間違っていたのだということがわかったのです。

ただし、その「実際に失敗体験させる」ことこそ、現代の教育で最も欠けていることではないかと私は思っています。
学校や学習塾では、クレームや退塾などを恐れて結果ばかり追求し、失敗させたがらない。
保護者は結果ばかりを見て、すぐに結果を求める。
これでは、本当に大切なことを子どもたちに教えることができません。

もし、「叱られないために」などという動機で勉強している子どもたちがいたら、勉強を止めてみて下さい。
もし、勉強しなさいとしょっちゅうお子さんに言っている保護者の方がいらっしゃったら、言うのを止めてみて下さい。
きっと、成績が落ちたり、授業が理解できなくなったりと、子どもたちが望まない結果が出るでしょう。
その望まない結果こそが、子どもたちを変え、成長のきっかけになります。
それが教育であり、子どもたちの将来のために大人がすべきことではないでしょうか。

点数などの数字、結果だけ見るのではなく、「子どもたちの成長」「教育」ということを考えて子どもたちを見てほしいと私は思います。



それでは今回はこれで失礼します。

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